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1:読者の皆様へ2004/11/12
文・神宮寺 愛 / 編集人(マウイ島・アメリカ合衆国)
「香田くん、ごめんね」 こうつぶやきながら泣く、少し年の離れた友人をどうなぐさめたらいいもの か、言葉を失いました。海外書き人クラブにメールマガジン『地球はとっても 丸い』編集部ができて、もうすぐ2ヶ月になろうとしています。 友人はイラクでの日本人人質事件で命を落とされた香田さんが、自分の教え 子と重なり、自らの人生をも責めだしたのです。彼女から届く、日に数回のメ ールは涙にぬれ、慟哭が滲み出て、さらに震えてさえいました。 ここ一ヶ月ほどでしょうか、日本は自然災害による大きな被害にみまわれ、 その直後に香田さんの事件があり、新聞やテレビなどに詳しい情報を求めた方 も多いことでしょう。しかし、それは日本だけではありません。アメリカ大統 領選挙、イラク情勢、アラファト議長の死など、文字どおり不穏な空気が世界 中に渦巻いているのです。 私は、言葉を失っている場合ではないと、自分を奮い立たせました。そのと き、既にメールマガジン編集部の環境時事班では、班内の書き人たちが何かを 探し求めていたのです。私がすべきことは明らかでした。 「読者の皆さんに伝えましょう! 今起っている一連の時事問題は、女性で あるからこそ、借り物ではない、自分の言葉で次世代に伝えていかなくていけ ないからです」 これから、環境時事班の書き人たちが、各々の経験をもとに、メールマガジ ンを愛読しはじめてくださった皆さんへ“想い”を語りはじめます。私は、 この“想い”が、静かに、深く、熱く流れはじめることを祈ります。 地球はとっても丸い:特別号・イラク人質(香田さん)事件 2:“自衛隊員”と ”Soldier” の狭間で首を刎ねられた日本人2004/11/12
文・吉村峰子(マラウィ・南アフリカ共和国)
フランス語では、Routard (Backpacker) と呼ばれ、英語では Touristと呼ばれた日本人旅行者の香田証生さんがバグダッドの市内で首を切断された。 「すみません」、「小泉さん」、「また日本に戻りたいです」という彼の最後の肉声が耳から離れない。「ごめんなさい」でも、「申し訳ない」でもない、あの「すみません」は何に対して?「小泉さん」はどうして「小泉総理」でも、「小泉首相」でもないのだろう。「また、日本に戻りたいです」は、誰に対して言っているのか? 同じように拉致され、同じように首を刎ねられて殺害された韓国人青年の「PLEASE, I don’t want to die!」と絶叫していた姿が思い出され、香田さんの奇妙な冷静さの下にある、“危機管理能力の欠如”が私の胸を重く刺す。 香田さんはアラブ圏で、半ズボン姿がいかに目立つかを知らなかった。米国の犬と呼ばれ、アラブ圏で嫌悪されているイスラエル経由でアラブ圏に入国する危険も知らなかった。ジャーナリストの中にはイスラエルへの入国を隠すために、別のパスポートさえ用意する場合があることさえ知らなかったのではないだろうか。彼は、イラクのホテルが飛び込みの外国人客を受け入れないことを知らなかった。そして、ヨルダン行きのバスの予定さえも知らなかった。 私は彼の持っていなかった“危機管理能力”は、彼のみの責任ではないと考える。彼の行動の愚かさを今一番重く受け止めているのは彼の家族だろう。その無防備さを個人の責任論でおしまいにすることは一番簡単かもしれない。でも、私は日本の教育がその責任の一端を担うことを深い痛みをもって自覚している。なぜならば香田さんは、例えば日本の“自衛隊員”が海外では、軍隊の兵隊である、“Soldier”であることをきちんと知らされていない世代に属するからだ。 「ワーキングホリディでニュージーランドへ行き、英語を学びながら世界を知る、もっと違う世界を見てみたい」という同じ感覚でイラク行きを決意したのだろうか。海外の危機管理に無知で心優しい日本の青年を、私は自分の生徒のなかにもたくさん知っている。彼らはみんないい子たちだ。 私はこれまで日本や米国、またデンマーク、リベリア、エチオピア、マラウィで“人とつながるための言葉”として子どもたちに英語を教えてきた。英語を学ぶことが自分たちの将来の糧となる途上国の子どもたち。そして、日本やデンマークの子どもたちにとって“英語”はまったく異なる意味を持つ。私が日本の子どもたちに伝えたかったのは、「英語を話すことで世界の人とつながる」という事実。だからこそ、あえて簡単な買い物の言い回しやら、色や動物の名前などは教えてこなかった。私が教えたかった“英語”とは、「見たこともない地球のどこかに住む同世代を生きる仲間を思いやるためのコトバ」だった。だから、私の授業で子どもたちは“五感”を学び、“難民”を知り、“富の不均衡”に憤った。そして、彼らの「世界をこの目で見てみたい」がだんだん育っていった。 私は、香田さんを含む日本の青年の背中を、「広い世界に出よう、知らない人を友人にしよう、新しい自分を見つめよう」と押してきた張本人だ。だが、その好奇心を安全に実現するためには世界にはいろいろなルールがあり、また過去の歴史をきちんと見据えることが必須だ。この認識なしでは、異文化に生きる人々の中の、自分あるいは自分が所属する“民族”に向けられた“悪意”、“憎悪”を理解できない。もちろん、世界の事情すべては学びきれない。が、これを子どもたちにきちんと説明してきたか、と自問すると頭を深くうなだれるしかない。 香田さんはイラクの子どもたちが大人たちの犠牲になって死んでいくのを許せない、と周囲に言っていたそうだ。私はいろいろな場所で命を奪われる子どもたちを見てきた。そして自分でも二人の子どもを持つ母である。彼のその“思い”に胸が詰まる。彼のこの“思い”は、私が常に子どもたちに身につけて欲しいと願っていた、“地球の仲間への思い”に他ならない。彼の行動はあまりにも無防備だった。でも、どんなに無防備だったとしても、彼は「自分の信じることを実行しなさい」と背中を押されてきた日本の青年だ。彼の死を“ただの無防備で愚かな死”としては絶対にいけない。 「外にでて新しい世界を見たい」という希望が、さまざまなきっかけでイラク行きという実際の行動に結びついた不幸が香田さん。そして、結びつかなかった幸運が他の子たちのいまある命、と考えている。 《吉村峰子(よしむらみねこ)/プロフィール》 1977年より米国、欧州、アフリカ(リベリア、エチオピア、マラウィ)と日本を交互に生活する。2003年12月より、南アフリカ共和国ダーバン近郊に移住。専門は国際理解教育と英語教育。家族は夫と子ども2人、犬2匹。 地球はとっても丸い:特別号・イラク人質(香田さん)事件 3:ある若者の死2004/11/12
文・畑中美紀(オークランド・ニュージーランド)
日本人の若者がイラクでテロリストの人質となったのは、新潟で大地震が起きた4日後。タイミングが悪かったのかもしれない。震災で被害に遭った新潟の人たちと、自らイラクへと向かった若者はあまりにも対照的で、「なぜリスクを冒してまでイラクなんかに行ったのか」と彼は中傷の的となった。それから間もなく、彼はテロリストによって殺害された。 「なぜ、イラクに行ったのか――」 当の本人はもうこの世にはいないわけだから、その答えを誰も知るよしはないが、わたしはどうしても答えを知りたかった。インターネットを使って、できる限りの情報を集めようとした。彼がイラクに行く直前まで、わたしと同じワーキングホリデーでニュージーランドに滞在していたことを知り、ニュージーランド在住の日本人が集まるウェッブサイトの掲示板にも、彼について誰か何か知らないか書き込んでみたが、しかし結局、何ひとつ核心を得ることはなかった。正直に言うが、わたしは彼の死は自業自得だとずっと思っていた。 そして、彼の最期の瞬間にこそ、真実があるのではないかと、彼がテロリストたちに首を切られる映像にまで、わたしは手を出した。今でも見たことを深く後悔している。その映像は、世界観が180度変わるほど、残酷きわまりなく、まちがっても「自業自得だから」などと軽々しく済まされるものではなかった。見終わった後、身体が小刻みに震えるのを感じながら、ひたすら、ただひたすら彼の冥福を祈った。わたしはあの光景を一生かけても忘れることができないだろう。映像の中に、わたしが知りたかった真実などなかった。あったのは、なぜ彼は殺されなくてはいけなかったのか、という疑問という事実だけだった。 イラクの大量破壊兵器を見つけることやフセインの拘束が最大の目的だったならば、ほかに方法があったはず。ザルカウィ率いるテロリストたちを捕らえることが最大の目的ならば、ほかに手段があるはず。イラクの人々が復興のために必要としているものは何なのか。こんなにも激しく、イラクという国をいたぶることが、本当に世界平和へとつながるのだろうか。それどころか、第二、第三のテロリストを生み出し、報復行為を煽るだけではないのだろうか。 ブッシュ氏が再び大統領になり、こんなわたしの疑念が無力であることはわかっている。若者の死から10日あまり。イラクのファルージャでアメリカ軍による爆撃がはじまった。 《畑中美紀(はたなかみき)/プロフィール》 1974年大阪生まれ。ライター&フォトグラファー。2003年10月からワーキングホリデーでニュージーランドはオークランドへ。日本人にはまだまだマイナーなこの国のリアルな情報をご紹介しています。 地球はとっても丸い:特別号・イラク人質(香田さん)事件
4:香田さんはなぜイラクへ向かったのか2004/11/12
文・宮戸かおり(フランス)
香田さんはなぜイラクに行ったのだろうか。自分の目で確かめてみたかったこととは何か。彼なりに人生の流れを変えるつもりでの旅行だっただろうに、意外な結末となってしまい、心からご冥福をお祈りする。 こちらヨーロッパで香田さんの件は、人質問題というよりは、その後の日本のメディアの対応ばかりに焦点が当てられているような気がする。(もちろんフランスの全国紙Le monde(ル・モンド)でも事件自体は報道されていたが)BBCでは日本でNo.1を誇るYomiuriではこんな残虐な行為は許されないと報 道されただの、Asahiでも、首を切ったという行為が非道きわまりないと言っ ているなど、日本のリアクションについての報道の方が目につく。逆に今人質となっている(その後進展あったのかは不明)アイルランド人の女性をはじめ3人の方はかなり大きく取り上げられ、この女性と結婚されている方はスペインの弁護士で選挙に深く関わっているので人質としての質が高い( ! )とあった。 ブッシュ再選後にカナダ移民局のアクセス倍増の記事がBBCにあり、『ボー リング・イン・コロンバイン』というマイケル・ムーアの映画を思い出した。アメリカではいくつもドアに鍵をかけるのが普通で、覚え違いでなければ、平均3 つくらいの錠がひとつのドアにつけられているのに比べ、そこからほんの数時間で行ける場所であるカナダの人はドアに鍵をかけない(!)のだそうで、だからといってカナダに犯罪が多いわけではなく、アメリカ人がどんなに不安をかかえているかの象徴だとのこと。カナダは住みやすそうで、賃金と消費生活よりは平和を求める気持ち、私にも分かる。フランスも賃金は安く、日本に帰ったらどんなに仕事があることかと帰りたくなることもしばしばだが、平和でゆったりしたこの環境は間違いなく日本では得られない。香田さんも日本以外の国には何があるのかを、その目で見てみたかったのだろうか。 《宮戸かおり(みやとかおり)/プロフィール》 新潟県魚沼市出身、フリー翻訳、ライター。1992年に渡米以来ニュージーランド、フランスと日本をふら〜り行ったり来たり。現在フランス在住。温泉と米をこよなく愛す。心は新潟県民。 地球はとっても丸い:特別号・イラク人質(香田さん)事件 5:待てど暮らせど届かぬニュース2004/11/12
文・沙々原まりか(リヤド・サウジアラビア王国)
「あ”〜」 無料配信の日本語衛星放送を見る、インターネットの日本語新聞を確認する、まさしく「あ”〜」と頭を抱えたくなる状況になってしまった。イラク日本人人質事件の顛末だ。日本の友人知人親類縁者からいろんなコメントメールが届く。その中にはイラクの隣国、サウジアラビアでの反応を問うものも多いのだけれど、結果的にはその報道をこちらの新聞紙面でお目にかかることは無く、メールの返信もできずじまい。 リヤドの英字新聞は普段でも情報掲載がすこぶる遅い。遺体発見に前後して、夫にあきれられるほどしつこく、くどく、毎日報道の有無を問うたのだが返事はつれない。 「載ってないってばっ!」 こちらでの情報伝達の遅さは新聞だけでなく、自宅宛メールもどうかすると翌日配達。それでも遅いは遅いなりに、近隣諸国の爆破事件や日本の地震などを伝える記事は載る。それが人質事件に関しては一体どうして何にも書かれていないのだろう? 夫も私も見落としたのだろうか? しか〜し、かのアルジャジーラTVでは日本の報道と時を同じくしてニュース映像が流れた(なぁに、あそこはテロリスト御用達かい?)。もちろんアラビア語での放送だから、私にはその内容を一字一句聞き取ることは不可能だけれど、被害者の写真が出て、ヤバーニー(日本人)と言っているのだからほぼ間違いないだろう。だが、それも数行程度、単に事後報告という印象だった。拉致した直後にきっと放送しただろうから、その結果報告でしかないのだろうか? 幾つか他チャンネルを確認するも、結局日本人人質事件を知ることはなかった。なぜ?(日)、れー?(ア)、ホワイ?(英)、プルコワ?(仏)、でぃむかい?(中)。何語で尋ねたって載らないモンは載らないが、これもアラブの七不思議か、と思いたいところだ。 《沙々原まりか(ささはらまりか)/プロフィール》 転勤族・途上国科目・霊長類。移動生活を続けるジプシー暮らしも早13年。転勤生活の光と影を追う主婦ライター。2001年夏、配偶者の異動に伴って驚愕の未体験ゾーン、アラブへ。現在サウジアラビア王国リヤド在住。 地球はとっても丸い:特別号・イラク人質(香田さん)事件 6:「命を大切に」2004/11/12
文・中林さえ子(ダカール・セネガル共和国)
207票対47票。 ケリー氏、圧倒的な強さでブッシュ氏を制す。 2004年11月3日夜。ここは、大統領選の開票速報に沸き立つアメリカ本土か らはるか大西洋をこえた、西アフリカのセネガル共和国にある米国関連施設アメリカンクラブ。この大統領選を祝うパーティー会場に、在セネガルの米国人 300人程が集った。大型スクリーンに映し出されるCNNの選挙速報を見ながら、パーティーの余興として大統領選の仮想投票がダカールで行われたのである。結果は民主党の圧勝であった。 以上は、11月4日付けのセネガルの新聞“Le Quotidien(ル・コーティディ アン)”紙からの抜粋である。ご多分に漏れずここセネガルでも、米国大統領選挙関連のニュースで国際面は埋め尽くされた。 そして、また一つ、忘れ去られたニュースがあった。香田さん殺害のニュースである。 無論、日本からの遠いセネガルの新聞といえども、日本のニュースはよく報道される。香田さんについても、“イラク聖戦アルカイダ組織”に人質にとられ自衛隊撤退を解放の条件にだされている旨は報道されていた。セネガルで最大の購読者がいるといわれる “Le Soreil(ル・ソレイユ)”紙によると、「小泉首相はブッシュ大統領よりのため、撤退は拒んでいる。世論に反して小泉首相は600人の兵士 (Soldats)をイラクに派遣。日本にとって終戦後初めての戦地へ派兵である」とある。内容の真偽はともかくとして、この記事が書かれたのが10月 31日。そして同日午後、香田さん殺害のニュースが日本より配信。運悪くセネガルでは、次の配信日となる11月1日は新聞休刊日。そして11月2日はアメリカ大統領選挙であった。香田さん殺害のニュースは報道されることなく、大統領選挙のニュースの波に消えたのだ。 「命を大切に」。 香田証生さんの母親の言葉である。命がけで子どもを産み、未来を託した名を付け、学ぶ機会を最大限に広げようと心がけ、その積み重ねの日々の24年後に首をはねられた我が子の遺体を受け取るのかと思うと、二児の母として言葉を絶するほどの痛みを感じる。と同時にこの言葉の重みを感じるのである。 この事件は“若者の善意”あるいは“若者の好奇心”が起こした結末として認識されているように思える。「悪くない人まで巻き込むのはおかしい」という人道主義に基づいてイラク入りしたという。理想や好奇心があるのは結構だと思う。重要なのは、好奇心という資質と、人道主義という指針に、いかに実現するかという手段を兼ね備えていなければ命を失う事もあるということだ。 命を守るための手段とは。その国で自分達とその活動を受け入れてくれる機関を持つことだ。政府機関でも、NGOでも、宗教グループでもいい。受け入れ先機関は現地での不穏な動きをまず察知し、警告してくれる。この社会的なセキュリティネットがあるかないかの違いは大きい。これが端的に表れたのは、今年4 月に起きた邦人人質事件である。人質となった3人の日本人がアンマンからバクダットに入国した頃、同じイラクで医療支援活動していた別の日本人グループは、受け入れ先となったイラク医学生らに国外退出を勧められ、バクダットから引き上げた。結果、自分たちの命と活動を守ったのだ。 でも……。自問自答する。 自分の子どもが「イラクへ行く」といいだしたら? 絶対に行って欲しくない。でも結局はあきらめるしかない。その時は親の最後の抵抗としてイラク入りの目的と手段については確認したい。そしてやはり送り出す時には「命を大切にしてほしい」と祈るだろう。新聞からは忘れ去られた一つの命。だからこそ「命を大切に」という母の願いが心に響く。 《中林さえ子(なかばやしさえこ)/プロフィール》 国際協力プロジェクトマネジャー、ライター。オランダにて開発学修士。国連ニューヨーク本部勤務、同時多発テロに遭う。現在はセネガル在住のフリーランス。青年海外協力隊の活動を陰で応援する日々が幸せ。 地球はとっても丸い:特別号・イラク人質(香田さん)事件
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