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祝! 50号に寄せて、ヨロコビの舞い2005/11/02
文・靴家さちこ(恋愛&結婚班編集委員・フィンランド)
恋愛を、かの映画解説者風に一言で表すとこんな感じだろうか。 「いやもう、恋愛ってワクワクしますね、ドキドキしますね、一体この先どうなっちゃうんでしょうねーぇ。それでは、サヨナラッ、サヨナラッ、サヨナラ〜!」 結婚すること3年目で、夫に“恋愛”しているというよりは“結婚”しているという色合いが強くなってきた私は、「このまま恋愛していた時のようなワクワクがどんどんなくなって、ずーっと平凡で単調な毎日が続くんだろうか」と思っていたら、そういうわけでもないらしい。 新しい“発見”は突然にやってくる。そして、その“発見”は、フィンランドに移住してから初めての、夫も同伴での日本への里帰りの途中に到来した。 飛行機の中で、息子の睡眠の妨げになりそうな勢いで、激しく談笑に耽っていたフィンランド人旅行客御一行に対して、怒りの握りこぶしを固めながら、ふと隣を見ると、私と同じく御一行にガンを飛ばす夫の頭から、マンガのように吹き出しが見えた。 「静かにしろ、バカヤロー!」と。 そして、9時間飛行して、ヨレヨレになって到着した成田空港で、夫のスーツケースが間違って持って行かれてしまい、ビデオカメラもデジカメも入っていたのに……と頭を真っ白にしながら、係員に囲まれて呆然としていると、30分後に大慌てで夫のスーツケースを持って、ビジネスマン風の男性が走ってくるのを50メートル先に認めた。 その瞬間、夫の頭上から、またしても「×◆%○△&☆#!!!(←怒りのあまりに言葉になっていない)」という吹き出しがポンっと飛び出したのが見えた。 これって、以心伝心? 超能力? 断言しよう。結婚3年も経つと、相手の思っていることが、吹き出しになって読めるようになる。ウソだと思ったら是非お試しあれ。 さてさて、それはさておき、祝50号!この感慨は、つきあいはじめて何ヶ月目のトキメキ、 いや、結婚記念日をカレンダーにマークする喜びと似ているだろうか?結婚に例えると、50回目のアニバーサリーは金婚式。 いつだったか、あるコメディー映画を観ていたら、ビールをジョッキでガブガブ飲みながら、笑って踊るスコットランド風の金婚式の場面があって、「私たちもこういうのをやろうよ!」と言って振り向いたら、夫は化石化してその場に固まっていた。 なるほど、金婚式一つでも、意見を合わせるのは至難の業。結婚って奥深い。秋からの新連載『我が家の楽しい老後計画?!』では、そんなアナタとワタシの未来予想図を展開中。 もう一つの新連載『私の国の恋愛ドラマ』も読み応えたっぷりで大爆走中。これからもドキドキ、ワクワクの恋愛&結婚班をどうぞ、お見逃し無く。 それでは、サヨナラッ、サヨナラッ、サヨナラ〜! 《靴家さちこ(くつけさちこ)/プロフィール》 1974年生まれ。フィンランド在住ライター。5歳から7歳までの2年間をタイのバンコクで過ごす。高校生になってアメリカはノースダコタ州という恐るべき辺境の地へ1年間交換留学する。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、フィンランド系某通信機器企業にて夫と出会い、結婚、出産の後、2004年3月よりフィンランドへ。雑誌・ムックの他、教育サイト「学びの場.com」などのWEBサイトにも多数寄稿。 地球はとっても丸い:第50号・創刊1周年記念号 プリムローズの願い2005/11/02
文・吉村峰子(副編集人&ライフスタイル班編集委員・南アフリカ)
プリムローズ。なんて可愛らしい名前だろう。和名では “サクラソウ” を意味するプリムローズは、南アフリカのダーバンに住む21歳、それは、それは若いきれいな女性。そして、彼女そっくりの可愛い子どもは4歳だ。 プリムローズはエイズを発症している。エイズは、HIVウイルスに感染したのち、そのウイルスによって体の免疫メカニズムが破壊され、結核や癌、肺炎などを発症して死に至る病気だ。HIVウイルスの潜伏期間は長い場合だと20年を超えることもある。が、栄養状態がよくなかったりすると、早い場合は感染から数年で発症する場合もある。プリムローズの子どもが4歳ということから考えると、彼女はきっと10代の早い時期からHIVウイルスに感染していたの だろう。 プリムローズは、今年の6月にドリームセンターというエイズ感染者への病状緩和ケアを行う病院から退院した。決して病状が好転したわけではなく、最後の日々を彼女の最愛の4歳の娘と過ごすためだった。アフリカで自宅療養をする、ということは、痛みの緩和などのケアが充分に受けられないことを意味する。先進国のように終末ケアの訪問看護などの仕組みが整っていなからだ。 それでも、プリムローズは自宅に帰ることを望んだ。彼女が自宅に帰る前に、話を何回かに分けて聞き取ることができた。私はこのドリームセンターで、病状や患者自身の思いを記録にまとめる作業を毎週続けている。エイズ患者にインタビューし、患者自身の声を拾う作業はつらい仕事だ。だが、彼らの声は誰かが書き残さなければいけないことだと思っている。これ以上エイズ感染者を増やさないためにも、彼らの記録を残すことは必要なことだ。 プリムローズの生活は、本当にささやかな普通のアフリカの若い女性の毎日だった。おしゃれが好き。テレビが好き。踊るのが好き。チョコレートが好き。彼女は高校の最後の年で落第してしまったそうで、卒業資格を得るために別の学校に在籍していた。ここを卒業して、銀行で働くのが夢だった。 そして、話が自分の家族に及んだ際、こんなことを打ち明けてくれた。「私が小さいときに家を出て行ったお父さんに会いたい。会って、ケンタッキーフライドチキンに連れて行って欲しい」そういって、プリムローズは、いまは彼女の娘さんのものとなったキティちゃんのヌイグルミを大切そうに撫でて、涙を流した。 私は、彼女の願いのそのささやかさに、その切なさに、打ちのめされそうだった。間もなく訪れるであろう“死“の前に、この若いプリムローズが望むことがこれ? これだけ? いくらなんでもささやか過ぎないか。どうして、こんなことを実現することが難しいのだ。自分の非力さに、こんな若いプリムローズが抱えているあまりにもつらい現実に、立ちすくんだ。 そんな中、季節はずれのせみの声を聞いた。自分がうんと若いころ、地面に6年も潜伏して、地上に出てわずか1週間で命を終えるせみの命のサイクルを知り、そのはかなさに強い憤りを感じたことを思い出した。が、大人になって、それがせみの命のサイクルであり、その命の短さやはかなさは、人間の私が人間の尺度で同情したり、憤ったりすることではない、ということを謙虚に考えられるようになった。せみはせみの命を生きる、人間は人間の命を生きる。 そうだ、プリムローズがいま、望むことを私の尺度で悲しむ必要はないのかもしれない。プリムローズの望んだこと、それは彼女の可愛い娘さんとできるだけ一緒に過ごすこと。そして、どこにいるかも、生死でさえ分からないお父さんに、ケンタッキーフライドチキンを買ってもらうこと。娘さんとは残された時を一緒に過ごすことができた。しかし、お父さんとの再会は難しいだろう。でも、ケンタッキーフライドチキンなら、私が買ってあげられる。プリムローズのこれまでの不幸を、私が呪うだけでは彼女の存在があまりにも悲しい。 彼女のことを一人でも多くの人に知って欲しい。心の片隅でいいから、彼女のことを覚えておいて欲しい。「南アフリカのダーバンに、こんな若い女性がいて、こんな望みを持って、あと何日かの命を懸命に生きています。彼女の名前はプリムローズ。彼女が好きなのは可愛い彼女の娘、ダニエラ。食べたいのはケンタッキーフライドチキン……」 《吉村峰子(よしむらみねこ)/ プロフィール》 1977年より米国、欧州、アフリカ(リベリア、エチオピア、マラウィ)と日本を交互に生活する。2003年12月より、南アフリカ共和国ダーバン近郊に移住。今年はお天気が乱調ぎみ。それでも、プラタナスの大樹の緑がゆうゆうと初夏の空気の中で茂りました。 地球はとっても丸い:第50号・創刊1周年記念号
地球はとっても丸い!2005/11/02
文・澄水ゆかし(食べ物班元編集委員・ハワイ)
けっこうミーハーな動機でハワイ好きとなり、ハワイに移って6年が経つ。 たまたま流れ着いたのではなく、「私はハワイの○○が好きでここに住んでいるの」と胸を張って言える自分でいたいと常に思っている。動機のあとの理由づけ、という奴が必要かもしれない、と思いはじめたのは、時々モノを書くようになってから。 最初はアメリカ〜ンな食事やポップカルチャーに魅かれ、それからちょっぴり真面目に日系移民の歴史を知り、今やっとハワイの文化、その起源であるポリネシアの文化に夢中になっている自分がいる。 誘われて入ったカヌークラブにのめりこんだ今年の一年間。カヌーレースの世界大会、モロカイ海峡横断レースにまで参加する幸運に恵まれた。オアフ島とモロカイ島の間に強烈なうねりを生むモロカイ海峡は、ハワイでも最も危険とされている海原だ。その約65キロの距離を7時間以上かけて完槽した自分を、かなり偉いと思ってしまってはいかんらしい。カヌーから発展して海関係の書物をむさぼり読んだ末、思った。 「こりゃ、とっとと来年のレースに向けて練習を再開したほうがよさそう」 カヌー関係の本で行き着くのはポリネシア人の伝統航海術だ。空に瞬く星や太陽、鳥の動きを読んでポリネシア人はニュージーランドからタヒチ、イースター島からハワイ諸島まで、その大きなトライアングル内を自由自在にカヌーで旅した。そして今、ハワイのルーツでもある航海術、一度は失われたハワイの文化を、後世に伝えようと奔走する人がいる。ハワイアンコミュニティのリーダーでもある伝統航海士、ナイノア・トンプソン氏。双胴船カヌー、ホクレア号の航海士として25年間にわたり、ハワイ文化復興に尽くしている人物である。 また彼の航海歴をたどると、必ず出てくるエディ・アイカウ氏。ビッグウェイブで有名なノースショア伝説のサーファーであり、数々の命を救った名ライフガード、エディがホクレア号のクルーとなり、悪天候の下、転覆したホクレア号からサーフボードで助けを求めに出て行方知れずになったハワイの英雄伝は、ハワイの人間なら誰もが知っている話だ。だが、こういった海にまつわるストーリーを、わたしはカヌーを始めてからようやく知った。エディがホクレアから消えたのが、モロカイ海峡であったことも、先日偉そうに人には吹聴したものの、モロカイレースを終えてから知った事実なのだ。 ナイノアはホクレア号でいつか日本に航海したいという夢があるという。魚を捕ることを生業としてきた日本民族は、実はポリネシアとカヌーで行き来があったという説さえある。縄文時代にさかのぼって丸太船、つまりカヌーが存在したことを、遺跡が物語っているらしい。そうだった、島国の日本とハワイは太平洋でつながっている。 ハワイと日本をなんとか結びつけ、自己が存在する意味を探そうとした私に、カヌーが教えてくれた。海が島と島を、過去と未来をつなげていることを。海が丸い地球を作っていることを。 《澄水ゆかし(スミスゆかし)/プロフィール》 99年よりホノルル在住。ワイキキ・ヨット・クラブ所属の自称“カヌー・ガール”。ポリネシアの海洋文化オタクをめざしている。ハワイ文化復興船“ホクレア号”がいつか日本に向けて航海する日に立ち会いたいという夢に向かってパドル中。 地球はとっても丸い:第50号・創刊1周年記念号 こども人生、大人人生、みーんな短い人生2005/11/02
文・山本真希子(子育て班編集委員・メキシコ)
子育ってそんなに大変? そう、子育てほど大変なことはありません、でもこれほど楽しい人生の職業はありません。 「母は個をもってはいけない、女が家庭に入ったら楽しまずがまんして、夫と子どもに尽くすのがあなたの人生」――これがちょっと前の日本の常識。でも、今はたくさんのママが子育てを楽しみ、パパは優しくなり、それにより子どもの教育に時間を費やしている夫婦がたくさんいます。 でも、残念ながら今の日本の制度や社会の特徴では、母親だけに負担が圧し掛かってくる子育て……。また子どもにも母親からの大いなる負担がかかり、なかなか納得がいかないことがある様子。それでは、もっとパパにもわかってもらおうと、子育て支援も豊富になってきています。 それはとっても喜ばしいことだけれど、二人が「パパ」と「ママ」だけになってしまい、夫婦の関係を忘れてしまっている家庭も多くあるのではないでしょうか? お見合いや恋愛など、結婚への過程は人それぞれ、それでもやっぱりこの人と家庭を築きたいと思った気持ちは、皆あるはず。大好きなおいしいものを一緒に食べるのもいいし、素敵なコンサートに出かけるのも楽しいはず、ラブ・コメディの映画を2人して涙するのも新鮮なはず。男と女、2人でいればできることはたくさんあります。 ママに余裕ができると自然と家庭に明るさが出てきます。でも、それはママだけの努力ではなく、パパつまり男の人の理解度、そして愛情度が高くないとこの方式は当てはまらないのです。 そう、だからここでお願いです。夫婦になって「あ・うん」の呼吸が解りあえる前に、もっとパパとママでおしゃべりをしてください。 ママ:「あー今日は、保護者会で疲れた」 パパ:「ったく、冗談じゃないぜ、部長」 と、心の中で怒鳴りあっていないで、すぐ側にあなたをわかってくれる人がいるんだから、心のつぶやきを、ちょっと声にだしてみるといいかも。毎日、そんなママとパパの日常に接していると、子どもたちも自然に、人間の社会の仕組みがわかってくるはずです。 追伸: 50号を記念して、もっと子育て班らしい原稿を書くべきだと思いましたが、4月にメキシコから来日して以来、「今の日本」に危機を感じました。普段はメキシコで暮らす私の目には、「子育て=両親は楽しんではいけない」の方式がいっぱいの日本。私が幼少の頃、両親は小さい私を12歳上の姉に預け、夫婦二人の時間を楽しんでいました。核家族化進んでいる今日この頃ですが、地域活動も盛んになっていきている事実もあります。子育ての中に、ぜひ「夫婦の 絆」も、周りの理解も、活用していただきたいです。 《山本真希子(やまもとまきこ)/プロフィール》 1968年、東京生まれ。小5、小1、年長の3人の子どもを持つ母、ちなみに夫はメキシコ人。20代の頃、まさか日本人以外と結婚するつもりがなく結婚し、まさか子ども3人にも恵まれるとは思わず産み、来年結婚13年目を迎えます。今年は1年間の母子留学を日本にて楽しんでいる今日この頃です。 地球はとっても丸い:第50号・創刊1周年記念号 丸い地球を実感 ! 世界のキレイで2005/11/02
文・宮戸かおり(キレイ班編集委員・フランス)
編集作業でメールを送ると、まず時差のないヨーロッパからの返信に続いて、ハワイ、アメリカ、オセアニアと、時差順にメールが入ってくる。地球は丸いんだなあと感じる一瞬だ。コンピュータの向こうに地球が丸く広がっている景色が見えてくるようだ。 キレイ班は人数が少ないながらも、中東、アフリカ、ヨーロッパ、オセアニア、北米、アジア、京都、東京と、微妙に地域のバランスがとれていて、50回の間に世界のいろいろな『キレイ』をお届けしてきた。 特に『旅する着物』は人気の連載で、みんなの着物への思いが形になった素敵な読み物となっている。“スパって何?”や、アーユルベーダからハリ灸まで網羅した各地の癒し情報、キレイになれる“豆”特集など、キレイに関わるものなら何でも取り上げてきた。 女性誌をコンセプトとしているわがメルマガにはぴったりのカテゴリーである。ここまで続けてこれたのも原稿が世界から集まるという不思議で特異な状況の中、多忙な中で世界のあちこちから届く校正メールに目を通し、きめ細かでやさしげなタッチで発行を続けてくださった編集長のおかげである。毎週きっちりとハワイの出来事を教えてくれる編集後記を楽しみにしている方も多いのでは。何よりも楽しくわいわい騒ぎながらの手作りのメルマガ。ちょっとお手伝い……、のつもりがどっぷりとはまってしまった。 仕事人間の私。が、生業である翻訳ばかりしていると、自分の言葉で自分の思いを書きたくなってくるもの。そんな“うずうず”に応えてくれるという意味で、『地球はとっても丸い』は、私に“書く場所”を提供してくれる。また、それだけではなく、日本から離れてしまっても日本人の自分を再確認できる貴重な場だ。 日本を離れるようになってから10年以上地球のあちこちをふらついていた私だが、行ったことのある都市のお話に懐かしくなったり、似たような立場の文章にうなづいたりと、こんなに共感できるメルマガと出逢ったことは今までにない。原稿をお寄せくださっている執筆者の方々、編集委員としては途中からの参加にも関わらず、温かく迎えてくださった編集部のみなさま、そして地球上の読者のみなさんに心から感謝の気持ちを捧げたい。 これから、100回、200回と、ず〜っと世界の人を笑わせたり、涙誘ったり、地球の丸さを実感させてくれるこのメルマガが続いていきますように! 《宮戸かおり(みやとかおり)/プロフィール》 新潟出身、現在フランス、ビアリッツ在住。20代はほとんどを海外で過ごす。フランスはシャモニーに次いで2回目の滞在。メルマガ、雑誌に寄稿。翻訳、フリーライター。 地球はとっても丸い:第50号・創刊1周年記念号 不思議でおもしろい、現代の友情構築法2005/11/02
〜メールマガジン「地球は丸い」50号に寄せて〜
文・山上郁海(環境時事班編集委員・スペイン) 今、パリに住む友人のキッチンで、彼女とおしゃべりをしながら、不思議な感慨にとらわれている。 わたしは、日本に帰る途中に、パリに立ち寄っているところだ。目の前には、大学時代の友人Yが座っている。彼女は私に話しかけたり、雑誌を読んだり、掃除したりしている。わたしは彼女の姿を見たり、相槌打ったり、彼女の入れてくれたコーヒーに手を伸ばしたりしている。 これは、どこからみてもふつうの付き合いだ。姿をみる。肉声を聞く。思い出話に浸り、共通の知人、彼女や私の家族の話をするのは、きわめて普通の友人関係だ。 メールマガジン『地球はとっても丸い』の50周年記念に寄せる文章を書かなければならないと、わたしは、Yに告げる。 「なあに、それ」と彼女。 「じつはね、今、インターネットで、メールマガジンっていって、一種の同人誌っていうか、雑誌を“友人たち”と発行しているの」 「え、どんなお友達なの?」 そこで、我に返る。“友人たち”といっても、会ったこともなければ、話したこともないからだ。つながりは、コンピューターだけ。わたしの場合は、薄っぺらいラップトップ・コンピュータを介して、彼女たちと繋がっているのだ。 「ふうん」 スチュワーデスという仕事柄、職場ではほとんどコンピュータを使用しないYだが、テレビのない生活を好み、インターネットにも関心がない。実感の伴わない珍しい話を聞いているように、彼女は首を傾げる。ほとんどインターネットを必要としない生活にいるYは、実感の伴わない珍しい話を聞いているように首を傾げる。 説明しながらもわたしは、ときおり、言葉を呑み込む。耳にはまだ顔も知らず声を聞いたこともない“友人たち”の声がきこえ、意志が蘇り、元気な笑顔が見えてくるからだ。そんなイメージが消えないうちに掴んで言葉に直して、 目の前にいるYに伝えるとき、また、不可思議な感覚が襲ってくる。 Yのめがね、短い髪、きれいな眉毛、微笑んだときにぴょっとくぼむ左頬のえくぼ、薄紫のセーターが、私の視覚に自然に飛び込んできているからだ。 わたしが説明しようとしている友人の姿は、ぼんやりとしか浮かばない。彼女たちとのふれあいは、しかし身体にはっきりと濃く刻まれている。この確かな生々しい感触は、なんだろう。 彼女たちとの絆は、しっかりと、コンピューターの中にも残されている。毎日、インターネットに接続し、電子メールのウィンドウに入り、送受信を押すだけで、世界中に散らばる見えない友人たちからのメッセージが届く。 意見を交わしたり、日常で起きたことのおしゃべりをする以外に、毎週、『地球はとっても丸い』に掲載する文章が届き、校正の作業をする。私の順番には、自分で書いた文章を直してもらい、感想を述べてもらう。 書くという仕事を選んだものの、日本人編集者から遠く離れた土地に住む私にとって、もっとも信頼が置けるのは、この見えない友人たちだ。そして、今なによりも必要とする関係を、彼女たちとしっかり築いているところだ。基礎は築けたとの自負はある。 パリの小さなキッチンで、暖かいカップを両手に挟んで、目の前のYにここまで書いた内容を告げるわたし。「それって、現代だよね。不思議だけど、おもしろそうね」とY。 「ね、そうでしょ」と、コーヒーの残り香を楽しみながら、わたしはつぶやいている。 《山上郁海(やまがみゆうみ)/ プロフィール》 スペイン・トレド在住の“自由記者”。日本語に、この中国語の“自由記者”にあたる表現がないのがもどかしいと感じるフリーランス・ジャーナリスト、エッセイスト、フォトグラファー、コーディネーター、通訳兼翻訳家。写真ブログでおしゃべりも展開中。http://hampaso.exblog.jp
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