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<title>地球はとっても丸い</title>
<link>http://chikyumaru.dreamblog.jp</link>
<description>世界に散らばるライター、エッセイスト、フォトグラファーが集まる「地球はとっても丸い」プロジェクトでは、メルマガ「地球はとっても丸い」を無償で発行し各執筆者の活動を応援しています。取材、執筆、撮影、その他の事業などのご相談がございましたら、どうぞ、お気軽にお問い合わせくださいませ。</description>
<language>ja</language>
<copyright>Copyright 2010</copyright>
<pubDate>Wed, 06 Jan 2010 08:35:11 +0900</pubDate>
<docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs>
<item>
<title>第2回　私の若い友人たちへ</title>
<description>
連載『地球人であって日本語人である私』
メールマガジン『地球はとっても丸い』は創刊百号目を迎えました。
読者の皆様への御礼を込めまして、私たちの合言葉、
「地球人であって日本語人であること」を贈ります

文・吉村峰子（ダーバン・南アフリカ共和国）

　皆さん、その後、元気にしていますか。

しばらくご無沙汰していますが、私は皆さんから投げかけられた質問を、折りに触れ思いだしています。

私に投げかけられた質問。あの時も一生懸命答えたつもりだけれど、私は皆さんよりもかなり年上のくせに、過分に感情的になっていたかもしれません。もっと、もっと、丁寧にどうしてその質問が出てきたかということを考えながら答えるべきでした。

　皆さんからの質問、それは、どうして、私が日本を出て、アフリカに住まなくてはいけなくなったのか、というものでした。

　あの時は、この質問の裏にある、「日本が世界で一番いいところなのに、何を好き好んでアフリカへ」といった、皆さんの日本への盲目的な信頼とアフリカをあまり知らない人にアフリカを低く思われたような居心地の悪さを覚えたのでした。

　私は、日本をもちろん、故郷として大切に思う気持ちはしっかりとありますが、私が日本を出たのは、日本で18歳まで育ち、米国、欧州で教育を受け、アフリカで家族を持ち始めた私が、すべてを考慮した上での、積極的な選択だったのです。

　私は、幼いころから、“人と同じこと”をすることをあまり重要視していなかったようです。また、友達と同じ本を読んでも、同じ食べ物を食べても、どこか、皆と違う感想を持っているようなところがありました。

　そして、「人と同じようなレールに乗って、自分の人生を送りたくない」と思う私が大学進学を前にして選択したのは、米国への留学でした。これは、今から30年も前のこと。だから、まだ留学自体が珍しい時代でした。
　
　米国の大学、大学院に学んだ後、日本で私を待っていたのは、アフリカに心を惹かれてやまない男性の出会いでした。その男性との結婚後、私たちは21年に渡る、アフリカ各国と日本を交互に暮らす生活を経て、3年前に子ども2人を連れて南アフリカに移住する道を選びました。

　私の考え方は、私が20代の後半から出会ったアフリカに大きく影響されています。若いころに体験した米国や欧州の暮らし、考え方には、それこそ、表面的な違いへの驚きはたくさんあったけれど、昭和30年代生まれの私が日本で培ってきた生活習慣などと比べて、私の価値観を揺るがすような大きな違いはありませんでした。

ところが、私がこれまで住んだアフリカのいろいろな街には、自分の想像をはるかに上回る世の中の不条理が渦巻いていました。

　リベリアでは、長年かけて築き上げた人生が、“戦争”という暴力で一切合財破壊されてしまう現実を見ました。エチオピアでは、究極の貧困による栄養失調で、枯れ木のような四肢を持つ子どもたちがいました。マラウィでは、エイズに罹っていた母親が出産時に死亡し、そこに取り残されて見捨てられた生後14日の赤ちゃんが私の腕の中で死んでいきました。

　どうして、こんな、ひどいことがいまだに世の中に起きているのか。私は人の命は平等であるべきだと信じています。それなのに、どうして、自分たちには直接責任のないことで、これだけの苦しみを背負う人がいるのだろう、と悩みました。そして、この人たちに対して何もできない自分が情けなくて涙を流したとき、どれだけ多くの心優しいアフリカ人が、「シスター（姉妹よ）、泣かないで」と私の頬をなで、慰めてくれたことでしょう。

　このような現実のなかで、自分が日本人である、という現実をどう考えればいいのか。日本に生まれたことで私が受けた恩恵は計り知れません。日本語で考え、文章を書くことができる幸せも含め、日本に生まれた偶然に心から感謝しています。

　でも、たまたま、生まれついたのが日本であった、という偶然が、私にこれほどの恩恵を与え、たまたま生まれついたのが戦禍のリベリアであった、という偶然が、少年兵として自分のバランスを失うほどの大きな機関銃をその細い肩から下げる人生を送らせる。

　これが、ただ偶然がもたらすことだとしたら、こんな不公平なことはないですよね。

　1970年代後半の米国のリベラルな大学教育を受けた私は、「現状に不満があったら、それを是正する努力をする」という極めて健全な考え方を、素直に実践したいと思っています。

　そうすると、アフリカのこれらの不条理を、見て見ぬ振りはもうできなかったのです。安全な日本。飢える人のいない日本。そして、私の好きな秋刀魚の開きがいつも食べられる日本。でも、それらの恩恵を享受する喜びを上回る、「日本を出てアフリカで生きて行こう」とする私の決意が生まれました。どうしてでしょうね。アフリカを知ってしまった日本人として、私にもできることがたくさんある、と思ってしまったのです。たとえ、それがどんなに小さなことでもね。

　そう、私がいつも考えているのは、現状を変化させようと思ったら、自分ができることを見極めてそれを実行する。その選択を地道に全うする。そして、その自分の居場所に愛情を注ぐ、ということです。

　そして、そんな私の思いを実現するため、いま、一番、私が住みやすい場所がここダーバン、南アフリカなのです。

「どうして日本を出たのか」、皆さんの質問に少しは答えることができたでしょうか。

　最後に、先週、私と夫は、私たちの最愛の子どもたちの南アフリカの国籍を南ア政府に申請したことも報告しておきますね。私たちが“日本語人”であることは、これからも変わりません。でも、私は、日本で生まれてアフリカに住む“地球人”でありたいと思っています。

《吉村峰子（よしむらみねこ）／プロフィール》
語学教育に関わって早30年。2003年に家族で南アフリカに移住。現在は、エイズ症状緩和措置病院での患者さんの人生を書き取る仕事のほか、日本の自動車産業に従事する南アフリカ人たちに日本語を教えている。さまざまな人種のエンジニアたちに、ひらがな、かたかな、漢字、ローマ字の入り混じる日本語を教える運命の不思議さに感嘆する毎日。



地球はとっても丸い：第101号






</description>
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		<![CDATA[<div ALIGN=CENTER><font color=Gray>連載『地球人であって日本語人である私』
メールマガジン『地球はとっても丸い』は創刊百号目を迎えました。
読者の皆様への御礼を込めまして、私たちの合言葉、
「地球人であって日本語人であること」を贈ります</font></div>

<div ALIGN=CENTER><font color=Green>文・吉村峰子（ダーバン・南アフリカ共和国）</font></div>

　皆さん、その後、元気にしていますか。

しばらくご無沙汰していますが、私は皆さんから投げかけられた質問を、折りに触れ思いだしています。

私に投げかけられた質問。あの時も一生懸命答えたつもりだけれど、私は皆さんよりもかなり年上のくせに、過分に感情的になっていたかもしれません。もっと、もっと、丁寧にどうしてその質問が出てきたかということを考えながら答えるべきでした。

　皆さんからの質問、それは、どうして、私が日本を出て、アフリカに住まなくてはいけなくなったのか、というものでした。

　あの時は、この質問の裏にある、「日本が世界で一番いいところなのに、何を好き好んでアフリカへ」といった、皆さんの日本への盲目的な信頼とアフリカをあまり知らない人にアフリカを低く思われたような居心地の悪さを覚えたのでした。

　私は、日本をもちろん、故郷として大切に思う気持ちはしっかりとありますが、私が日本を出たのは、日本で18歳まで育ち、米国、欧州で教育を受け、アフリカで家族を持ち始めた私が、すべてを考慮した上での、積極的な選択だったのです。

　私は、幼いころから、“人と同じこと”をすることをあまり重要視していなかったようです。また、友達と同じ本を読んでも、同じ食べ物を食べても、どこか、皆と違う感想を持っているようなところがありました。

　そして、「人と同じようなレールに乗って、自分の人生を送りたくない」と思う私が大学進学を前にして選択したのは、米国への留学でした。これは、今から30年も前のこと。だから、まだ留学自体が珍しい時代でした。
　
　米国の大学、大学院に学んだ後、日本で私を待っていたのは、アフリカに心を惹かれてやまない男性の出会いでした。その男性との結婚後、私たちは21年に渡る、アフリカ各国と日本を交互に暮らす生活を経て、3年前に子ども2人を連れて南アフリカに移住する道を選びました。

　私の考え方は、私が20代の後半から出会ったアフリカに大きく影響されています。若いころに体験した米国や欧州の暮らし、考え方には、それこそ、表面的な違いへの驚きはたくさんあったけれど、昭和30年代生まれの私が日本で培ってきた生活習慣などと比べて、私の価値観を揺るがすような大きな違いはありませんでした。

ところが、私がこれまで住んだアフリカのいろいろな街には、自分の想像をはるかに上回る世の中の不条理が渦巻いていました。

　リベリアでは、長年かけて築き上げた人生が、“戦争”という暴力で一切合財破壊されてしまう現実を見ました。エチオピアでは、究極の貧困による栄養失調で、枯れ木のような四肢を持つ子どもたちがいました。マラウィでは、エイズに罹っていた母親が出産時に死亡し、そこに取り残されて見捨てられた生後14日の赤ちゃんが私の腕の中で死んでいきました。

　どうして、こんな、ひどいことがいまだに世の中に起きているのか。私は人の命は平等であるべきだと信じています。それなのに、どうして、自分たちには直接責任のないことで、これだけの苦しみを背負う人がいるのだろう、と悩みました。そして、この人たちに対して何もできない自分が情けなくて涙を流したとき、どれだけ多くの心優しいアフリカ人が、「シスター（姉妹よ）、泣かないで」と私の頬をなで、慰めてくれたことでしょう。

　このような現実のなかで、自分が日本人である、という現実をどう考えればいいのか。日本に生まれたことで私が受けた恩恵は計り知れません。日本語で考え、文章を書くことができる幸せも含め、日本に生まれた偶然に心から感謝しています。

　でも、たまたま、生まれついたのが日本であった、という偶然が、私にこれほどの恩恵を与え、たまたま生まれついたのが戦禍のリベリアであった、という偶然が、少年兵として自分のバランスを失うほどの大きな機関銃をその細い肩から下げる人生を送らせる。

　これが、ただ偶然がもたらすことだとしたら、こんな不公平なことはないですよね。

　1970年代後半の米国のリベラルな大学教育を受けた私は、「現状に不満があったら、それを是正する努力をする」という極めて健全な考え方を、素直に実践したいと思っています。

　そうすると、アフリカのこれらの不条理を、見て見ぬ振りはもうできなかったのです。安全な日本。飢える人のいない日本。そして、私の好きな秋刀魚の開きがいつも食べられる日本。でも、それらの恩恵を享受する喜びを上回る、「日本を出てアフリカで生きて行こう」とする私の決意が生まれました。どうしてでしょうね。アフリカを知ってしまった日本人として、私にもできることがたくさんある、と思ってしまったのです。たとえ、それがどんなに小さなことでもね。

　そう、私がいつも考えているのは、現状を変化させようと思ったら、自分ができることを見極めてそれを実行する。その選択を地道に全うする。そして、その自分の居場所に愛情を注ぐ、ということです。

　そして、そんな私の思いを実現するため、いま、一番、私が住みやすい場所がここダーバン、南アフリカなのです。

「どうして日本を出たのか」、皆さんの質問に少しは答えることができたでしょうか。

　最後に、先週、私と夫は、私たちの最愛の子どもたちの南アフリカの国籍を南ア政府に申請したことも報告しておきますね。私たちが“日本語人”であることは、これからも変わりません。でも、私は、日本で生まれてアフリカに住む“地球人”でありたいと思っています。

<font color=Green>《吉村峰子（よしむらみねこ）／プロフィール》
語学教育に関わって早30年。2003年に家族で南アフリカに移住。現在は、エイズ症状緩和措置病院での患者さんの人生を書き取る仕事のほか、日本の自動車産業に従事する南アフリカ人たちに日本語を教えている。さまざまな人種のエンジニアたちに、ひらがな、かたかな、漢字、ローマ字の入り混じる日本語を教える運命の不思議さに感嘆する毎日。</font>


<font color=Gray><div ALIGN=RIGHT>
地球はとっても丸い：第101号</div></font>






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<link>http://chikyumaru.dreamblog.jp/blog/666.html</link>
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<pubDate>Wed, 20 Dec 2006 05:00:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>お土産にお箸はいかがでしょう？</title>
<description>
椰子ノ木やほい（ミシガン州・アメリカ合衆国）

　私たちは日頃から、父母や祖父母だけでなく、近所のおばあちゃんやおじちゃん、またあらゆるメディアが発する情報の中からもいろんな知恵を見つけ、それを受け継いで暮らしている。それぞれの国で見たり体験したりして習得した暮らしの知恵の数々を思い出すと、暮らしを便利にしたり、豊かにする小さなアイデアというのは、実は固定観念を取り去ることから生まれることも多いのではないかと思う。

　サモアで暮らしていたある日、階下に住むサモア人が、「お箸を一本貸して下さい」と言って来た。“一本”と言うのが気にはなったが、快く手持ちのお箸を貸してあげたところ、彼女はその一本を手に、にっこり笑って帰って行った。次の日から彼女の髪にはその一本が髪飾りとして挿されていた。日本人の私たちからすると“斬新”としか言い様のないアイデアに思わず唸った。

　ところ変わり、私は米国に引っ越した。ある日、女性衣料を扱うお店のヘアーアクセサリー売り場でこんな光景を目にした。



　以来、注意して地元大学生のヘアースタイルを見ていたところ、お箸が刺さっている頭を目にして、斬新なアイデアが南の島の一角で起こったことではないことを悟った。

　さて、皆さん、海外に住む外国人へのお土産として、「お箸はどうせ使えない」と決め付けないで下さいね。伝統の美しい柄のお箸は“かんざし”として使えます。




地球はとっても丸い：第101号

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		<![CDATA[<div ALIGN=CENTER><font color=Green>椰子ノ木やほい（ミシガン州・アメリカ合衆国）</font></div>

　私たちは日頃から、父母や祖父母だけでなく、近所のおばあちゃんやおじちゃん、またあらゆるメディアが発する情報の中からもいろんな知恵を見つけ、それを受け継いで暮らしている。それぞれの国で見たり体験したりして習得した暮らしの知恵の数々を思い出すと、暮らしを便利にしたり、豊かにする小さなアイデアというのは、実は固定観念を取り去ることから生まれることも多いのではないかと思う。

　サモアで暮らしていたある日、階下に住むサモア人が、「お箸を一本貸して下さい」と言って来た。“一本”と言うのが気にはなったが、快く手持ちのお箸を貸してあげたところ、彼女はその一本を手に、にっこり笑って帰って行った。次の日から彼女の髪にはその一本が髪飾りとして挿されていた。日本人の私たちからすると“斬新”としか言い様のないアイデアに思わず唸った。

　ところ変わり、私は米国に引っ越した。ある日、女性衣料を扱うお店のヘアーアクセサリー売り場でこんな光景を目にした。

<div ALIGN=CENTER><a href="http://chikyumaru.dreamblog.jp/image/free/hashi.jpg" target="_blank"><img src="http://chikyumaru.dreamblog.jp/image/free/hashi.jpg"border="0" alt="hashi.jpg"  width="400"></a></div>

　以来、注意して地元大学生のヘアースタイルを見ていたところ、お箸が刺さっている頭を目にして、斬新なアイデアが南の島の一角で起こったことではないことを悟った。

　さて、皆さん、海外に住む外国人へのお土産として、「お箸はどうせ使えない」と決め付けないで下さいね。伝統の美しい柄のお箸は“かんざし”として使えます。



<div ALIGN=RIGHT><font color=Gray>
地球はとっても丸い：第101号</font></div>

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<link>http://chikyumaru.dreamblog.jp/blog/661.html</link>
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<pubDate>Wed, 20 Dec 2006 04:00:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>カトリック信者のクリスマス</title>
<description>
年末特別企画『地球丸的・ゆく年、くる年』 
師走がやってきましたね！ 『地球はとっても丸い』でも、 
各地で年がゆき、新しい年がやってきます。

文・パッハー眞理（ウィーン・オーストリア）

オーストリアでは、殆どの家庭で本物のもみの木のクリスマスツリーを24日に買う。そして、家族みんなで飾りつけをするのではなく、クリストキントという幼年のキリストが来て飾りつけをし、プレゼントを持ってくると言われているので、父親は子どもたちを外に連れ出すのだ。

　その間、母親、又は祖父母は大騒ぎをしながらも、飾り付けに余念がない。子どもたちは、帰宅してもすぐに中には入れず、鈴が高らかに鳴ったらようやく入ることができて、飾られたばかりのツリーのそばで聖歌を歌ったりする。もちろん、クリストキントからのたくさんのプレゼントは綺麗に包装され、ツリーのまわりに置かれる。プレゼントは家族全員に用意されるのが習慣だ。子どもたちは、一生懸命に自分の名前が書かれているプレゼントを探し、クライマックスを迎えるのだ。敬虔なカトリック信者の家庭では、皆で聖歌を歌うだけではなく、聖書を読み、祈りも捧げる。

　夕食も終わり片づけが終わったら、自分の教会区の教会の深夜のミサに行く。寒い凍てつく中を大理石の床に立って、神父さまのお話を聞き、祈りを捧げるのだ。イブは、家族だけのクリスマスだとする家庭が多く、家族同士でプレゼントを交換し、クリスマス用に焼いたクッキーを食べて静かに祝う。これがオーストリア式のごく一般的なクリスマスである。



地球はとっても丸い：第101号
</description>
	<content:encoded>
		<![CDATA[<div ALIGN=CENTER><font color=Gray>年末特別企画『地球丸的・ゆく年、くる年』 
師走がやってきましたね！ 『地球はとっても丸い』でも、 
各地で年がゆき、新しい年がやってきます。</font></div>

<div ALIGN=CENTER><font color=Green>文・パッハー眞理（ウィーン・オーストリア）</font></div>

オーストリアでは、殆どの家庭で本物のもみの木のクリスマスツリーを24日に買う。そして、家族みんなで飾りつけをするのではなく、クリストキントという幼年のキリストが来て飾りつけをし、プレゼントを持ってくると言われているので、父親は子どもたちを外に連れ出すのだ。

　その間、母親、又は祖父母は大騒ぎをしながらも、飾り付けに余念がない。子どもたちは、帰宅してもすぐに中には入れず、鈴が高らかに鳴ったらようやく入ることができて、飾られたばかりのツリーのそばで聖歌を歌ったりする。もちろん、クリストキントからのたくさんのプレゼントは綺麗に包装され、ツリーのまわりに置かれる。プレゼントは家族全員に用意されるのが習慣だ。子どもたちは、一生懸命に自分の名前が書かれているプレゼントを探し、クライマックスを迎えるのだ。敬虔なカトリック信者の家庭では、皆で聖歌を歌うだけではなく、聖書を読み、祈りも捧げる。

　夕食も終わり片づけが終わったら、自分の教会区の教会の深夜のミサに行く。寒い凍てつく中を大理石の床に立って、神父さまのお話を聞き、祈りを捧げるのだ。イブは、家族だけのクリスマスだとする家庭が多く、家族同士でプレゼントを交換し、クリスマス用に焼いたクッキーを食べて静かに祝う。これがオーストリア式のごく一般的なクリスマスである。


<div ALIGN=RIGHT><font color=Gray>
地球はとっても丸い：第101号</font></div>
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<link>http://chikyumaru.dreamblog.jp/blog/665.html</link>
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<pubDate>Wed, 20 Dec 2006 03:30:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>カードは飾られる</title>
<description>
年末特別企画『地球丸的・ゆく年、くる年』 
師走がやってきましたね！ 『地球はとっても丸い』でも、 
各地で年がゆき、新しい年がやってきます。


文・古川直子（マサチューセッツ州・アメリカ合衆国）

　アメリカ合衆国の年末といえば、なんといっても"クリスマス"。そして、これに欠かせないのは"カード"だ。日本の年賀状のようなものだが、ちょっと違うのは、もらったカードがリビングルームなどに飾られることだ。種類もさまざまで、日本にもあるような二つ折りになっていて中にコメントが書けるようになったものや、年賀状のように写真が入ったはがきタイプのものがある。写真付きのものは、サイズは日本のはがきとは違い、こちらの封筒に入りやすいように横長のものが主流。

　日本の年賀状は送られた本人、多くてもその家の家族の目にしか触れないが、カードはどの家もリビングルームや暖炉の上、壁などに飾られ、ホリデーシーズン中はその家を訪れるいろんな人に見られる。だから、どの家も少しでも見栄えのするようにと工夫されたものを送っているようだ。カードは、この時期、クリスマスツリーやポインセチアと並んで、なくてはならない飾りになっている。

　が、このカード、宗教に関係なく、誰もがカードを交換しあうので、挨拶の言葉だけは気をつけることが必要だ。「クリスマス」というのはキリスト教の考えなので、「ハッピーホリデー」など、宗教色のないことばを使うのが無難である。配達期間はだいたい11月末にあるサンクスギビング（感謝祭）が明けた頃からクリスマスまでだが、年明けくらいまでＯＫという。日本のように「元旦に出すもの」ではなく、ホリデーシーズン中につけばいいので、人によってはシーズン一番乗りを目指して、サンクスギビングの翌日に配達されるように張り切る人もいる。



地球はとっても丸い：第101号
</description>
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		<![CDATA[<div ALIGN=CENTER><font color=Gray>年末特別企画『地球丸的・ゆく年、くる年』 
師走がやってきましたね！ 『地球はとっても丸い』でも、 
各地で年がゆき、新しい年がやってきます。</font></div>

<div ALIGN=CENTER><font color=Green>
文・古川直子（マサチューセッツ州・アメリカ合衆国）</font></div>

　アメリカ合衆国の年末といえば、なんといっても"クリスマス"。そして、これに欠かせないのは"カード"だ。日本の年賀状のようなものだが、ちょっと違うのは、もらったカードがリビングルームなどに飾られることだ。種類もさまざまで、日本にもあるような二つ折りになっていて中にコメントが書けるようになったものや、年賀状のように写真が入ったはがきタイプのものがある。写真付きのものは、サイズは日本のはがきとは違い、こちらの封筒に入りやすいように横長のものが主流。

　日本の年賀状は送られた本人、多くてもその家の家族の目にしか触れないが、カードはどの家もリビングルームや暖炉の上、壁などに飾られ、ホリデーシーズン中はその家を訪れるいろんな人に見られる。だから、どの家も少しでも見栄えのするようにと工夫されたものを送っているようだ。カードは、この時期、クリスマスツリーやポインセチアと並んで、なくてはならない飾りになっている。

　が、このカード、宗教に関係なく、誰もがカードを交換しあうので、挨拶の言葉だけは気をつけることが必要だ。「クリスマス」というのはキリスト教の考えなので、「ハッピーホリデー」など、宗教色のないことばを使うのが無難である。配達期間はだいたい11月末にあるサンクスギビング（感謝祭）が明けた頃からクリスマスまでだが、年明けくらいまでＯＫという。日本のように「元旦に出すもの」ではなく、ホリデーシーズン中につけばいいので、人によってはシーズン一番乗りを目指して、サンクスギビングの翌日に配達されるように張り切る人もいる。


<div ALIGN=RIGHT><font color=Gray>
地球はとっても丸い：第101号</font></div>
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<link>http://chikyumaru.dreamblog.jp/blog/664.html</link>
<guid>http://chikyumaru.dreamblog.jp/blog/664.html</guid>
<pubDate>Wed, 20 Dec 2006 03:00:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ドーナツ・花火・無礼講？オランダの大晦日</title>
<description>
　オランダ人は12月になると、自他共に認めるFeest Varken （フェースト・ファルケン）、訳して“宴会豚”に変身する。宴会豚？ つまり宴会と聞けば、何をおいても駆けつける獣と化す、ということだ。そのフィナーレを飾るべき大晦日こそ、大いに盛り上げようじゃないか、と毎年、皆が手薬煉（てぐすね）をひき、その時を待ち望んでいるのだ。

　それではどんな風に大晦日を迎えるのかというと、これが意外と子どもじみている。まずはオリボール（油玉）と呼ばれるドーナツを食べながら、夜12時をひたすら待つことに始まる。夜12時になる10秒前からカウントダウンを始め、きっかり12時が来たら大歓声で花火を上げまくる。その後はもう無礼講だ。年末恒例の河飛び込みを車ごとやったり、大通りで裸のままサッカーに興じたり、の狂態尽くしだ。
　
いや、実際、これは狂態ではないのかもしれない。大晦日とは、オランダ人たちが、最も生き生きする瞬間なのである。ゆく年をさんざん騒いで過ごした挙句、くる年の初めはみな、体たらくの寝正月。気がついた時は、正月二日になっていた、なんてことも。

これぞ、宴会豚の真骨頂ではあるまいか？







地球はとっても丸い：第101号
</description>
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		<![CDATA[　オランダ人は12月になると、自他共に認めるFeest Varken （フェースト・ファルケン）、訳して“宴会豚”に変身する。宴会豚？ つまり宴会と聞けば、何をおいても駆けつける獣と化す、ということだ。そのフィナーレを飾るべき大晦日こそ、大いに盛り上げようじゃないか、と毎年、皆が手薬煉（てぐすね）をひき、その時を待ち望んでいるのだ。

　それではどんな風に大晦日を迎えるのかというと、これが意外と子どもじみている。まずはオリボール（油玉）と呼ばれるドーナツを食べながら、夜12時をひたすら待つことに始まる。夜12時になる10秒前からカウントダウンを始め、きっかり12時が来たら大歓声で花火を上げまくる。その後はもう無礼講だ。年末恒例の河飛び込みを車ごとやったり、大通りで裸のままサッカーに興じたり、の狂態尽くしだ。
　
いや、実際、これは狂態ではないのかもしれない。大晦日とは、オランダ人たちが、最も生き生きする瞬間なのである。ゆく年をさんざん騒いで過ごした挙句、くる年の初めはみな、体たらくの寝正月。気がついた時は、正月二日になっていた、なんてことも。

これぞ、宴会豚の真骨頂ではあるまいか？
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<a href="http://chikyumaru.dreamblog.jp/image/free/kaoru_101.jpg" target="_blank"><img src="http://chikyumaru.dreamblog.jp/image/free/kaoru_101.jpg" border="0" alt="kaoru_101.jpg" width="300"></a></div>




<div ALIGN=RIGHT><font color=Gray>
地球はとっても丸い：第101号</font></div>
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<link>http://chikyumaru.dreamblog.jp/blog/662.html</link>
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<pubDate>Wed, 20 Dec 2006 02:00:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>クリスマスの準備はマルシェ・ド・ノエルから</title>
<description>
連載『子ども歳時記・12月』
月がめぐり、季節が変わる
子どもたちと一緒に感じる世界中の歳時記

文・宮戸かおり（ビアリッツ・フランス）

　11月末からクリスマスまで、フランス各地では恒例の、クリスマスだけの屋台市“マルシェ・ド・ノエル”が立ち並ぶ。フランスでのクリスマスの過ごし方は、まずこのマルシェ・ド・ノエルをめぐって、家族や友達のクリスマスプレゼント選びとツリーの買出しから始まるといってもいいだろう。

　このころの街はきれいにデコレーションやライトアップされ、この季節にしか味わえない独特の雰囲気で包まれる。ただ、このマルシェ・ド・ノエル、フランス限定ではないようで、英語でもクリスマスマーケットといい、イギリスにも、またドイツにも見られるので、ヨーロッパの風物詩のひとつともいえるかもしれない。

　並ぶお店は、まず本物のもみの木を販売するクリスマスツリー屋さんに始まる。そして、クリスマスのプレゼントにふさわしい楽しいおもちゃやアクセサリー、サンタさんの衣装や帽子、巨大靴下やパーティー用品などのクリスマスグッズ、手作りのエキゾチックな置物、そしてクリスマスツリーの飾り、ワイングッズ、チーズ屋さん、ソーセージ屋さん、お惣菜屋さんなどが小さなブースにそれぞれの店を構える。華やかな色の商品は目にも楽しく、ついいろいろ手にとって見たり、お店の人と話がはずんだり、時間はあっという間に過ぎていく。

　フランスのバスク地方で、大きなマルシェ・ド・ノエルといったら、やはりバイヨンヌ。そしてお酒好きなわたしにとってここでの楽しみは、なんと言ってもホットワイン、“ヴァン・ショ”。クリスマスも近づくと、気候温暖なフランス南西部バスクといえど、そろそろ冷え込みも厳しくなってくるので、ホットワイン片手にまずは体を温めるのが鉄則。おなかがすいたらサンドイッチバーでバゲットにはさまれたハンバーガーや、チーズのお試しコーナーで試食に励むもよし。巨大ななべで調理されるじゃがいもとベーコン、チーズの“タルティフレット”は、見ているだけでも汗がでそう。お皿に盛ってもらい、立ち食いするのが一番おいしい。またおやつにもってこいなのが、”栗”、寒い中でローストされたアツアツの栗をほお張るのも楽しみのひとつ。

　マルシェ・ド・ノエルは、歩けば歩くほど面白いグッズを発見できるのが醍醐味。ワイングッズのお店には、ワインがボトルの口からこぼれてテーブルクロスを汚すのを防ぐリングや、かわいい替えコルク、洗練されたスタイルのワインオープナーなど、小さい屋台ながらも品揃えは豊富。クリスマスツリーを飾るデコレーション専門店などはガラスでできた丸い玉にひとつひとつ手描きのデザインが施してあるものなどもあり、作り手の情熱が感じられて、つい衝動買いをしてしまう。思いがけずお気に入りの一品を見つけられるよい機会かもしれない。

　マルシェ・ド・ノエルでプレゼントが見つかったら、次は12月1日になる前にアドベントカレンダーをゲット。これは、立体的なクリスマス用のカレンダーで、日付の1から24までの数がついた窓をあけると中にチョコレートが入っているもの。12月1日から順に日付ごとに窓を開けていき、中のチョコレートを毎日楽しみにしながら、クリスマスまでの毎日を指折り数えるのだ。

　さて、クリスマス当日は、お店もすべて閉店。街はひっそりと眠ったようになり、みな家で家族との時間を過ごす。この日までに田舎へと帰省する人たちもおり、1年に1度家族だけの時間を過ごす大切な日としている家族も多い。

　クリスマスの朝は恒例、サンタクロースから贈られたプレゼントを開けることにはじまり、昼は家族全員で食卓を囲み、大量のごちそうをいただく。昼から夜までかけておいしいごちそうを食べながら長く会えなかった家族がお互いの情報を交換しあい、笑い声の中で時間がゆっくりと流れていく。この日は朝から教会でミサが行われ、ふだんそれほど敬虔でないクリスチャンの人も、この日ばかりはと、みなが教会へつめかけていくのが微笑ましく、日本の初詣を髣髴とさせる。

　キリスト教が多く普及しているフランスでは、やはりクリスマスの挨拶は「Joyeux Noel （ジョワイエノエル／クリスマスおめでとう）」。宗教祭事として尊ばれ、季節の彩りとなるこの伝統はこの先にもずっと続いてもらいたい。

《宮戸かおり（みやとかおり）／プロフィール》
翻訳・フリーライター、新潟県魚沼市出身www.kaorimyatt.com翻訳はアディダス、アップルコンピューター、マイクロソフト、スターバックスなど、マーケティングや広告分野をひろくカバー。朝日新聞、ウェブコミュニティマガジンgreenz.jpにも寄稿中。訳書には、『トロールと奇跡の指輪』（Normans社・刊／日本国内未発売）など。


地球はとっても丸い：第100号
</description>
	<content:encoded>
		<![CDATA[<div ALIGN=CENTER><font color=Gray>連載『子ども歳時記・12月』
月がめぐり、季節が変わる
子どもたちと一緒に感じる世界中の歳時記</font></div>

<div ALIGN=CENTER><font color=Green>文・宮戸かおり（ビアリッツ・フランス）</font></div>

　11月末からクリスマスまで、フランス各地では恒例の、クリスマスだけの屋台市“マルシェ・ド・ノエル”が立ち並ぶ。フランスでのクリスマスの過ごし方は、まずこのマルシェ・ド・ノエルをめぐって、家族や友達のクリスマスプレゼント選びとツリーの買出しから始まるといってもいいだろう。

　このころの街はきれいにデコレーションやライトアップされ、この季節にしか味わえない独特の雰囲気で包まれる。ただ、このマルシェ・ド・ノエル、フランス限定ではないようで、英語でもクリスマスマーケットといい、イギリスにも、またドイツにも見られるので、ヨーロッパの風物詩のひとつともいえるかもしれない。

　並ぶお店は、まず本物のもみの木を販売するクリスマスツリー屋さんに始まる。そして、クリスマスのプレゼントにふさわしい楽しいおもちゃやアクセサリー、サンタさんの衣装や帽子、巨大靴下やパーティー用品などのクリスマスグッズ、手作りのエキゾチックな置物、そしてクリスマスツリーの飾り、ワイングッズ、チーズ屋さん、ソーセージ屋さん、お惣菜屋さんなどが小さなブースにそれぞれの店を構える。華やかな色の商品は目にも楽しく、ついいろいろ手にとって見たり、お店の人と話がはずんだり、時間はあっという間に過ぎていく。

　フランスのバスク地方で、大きなマルシェ・ド・ノエルといったら、やはりバイヨンヌ。そしてお酒好きなわたしにとってここでの楽しみは、なんと言ってもホットワイン、“ヴァン・ショ”。クリスマスも近づくと、気候温暖なフランス南西部バスクといえど、そろそろ冷え込みも厳しくなってくるので、ホットワイン片手にまずは体を温めるのが鉄則。おなかがすいたらサンドイッチバーでバゲットにはさまれたハンバーガーや、チーズのお試しコーナーで試食に励むもよし。巨大ななべで調理されるじゃがいもとベーコン、チーズの“タルティフレット”は、見ているだけでも汗がでそう。お皿に盛ってもらい、立ち食いするのが一番おいしい。またおやつにもってこいなのが、”栗”、寒い中でローストされたアツアツの栗をほお張るのも楽しみのひとつ。

　マルシェ・ド・ノエルは、歩けば歩くほど面白いグッズを発見できるのが醍醐味。ワイングッズのお店には、ワインがボトルの口からこぼれてテーブルクロスを汚すのを防ぐリングや、かわいい替えコルク、洗練されたスタイルのワインオープナーなど、小さい屋台ながらも品揃えは豊富。クリスマスツリーを飾るデコレーション専門店などはガラスでできた丸い玉にひとつひとつ手描きのデザインが施してあるものなどもあり、作り手の情熱が感じられて、つい衝動買いをしてしまう。思いがけずお気に入りの一品を見つけられるよい機会かもしれない。

　マルシェ・ド・ノエルでプレゼントが見つかったら、次は12月1日になる前にアドベントカレンダーをゲット。これは、立体的なクリスマス用のカレンダーで、日付の1から24までの数がついた窓をあけると中にチョコレートが入っているもの。12月1日から順に日付ごとに窓を開けていき、中のチョコレートを毎日楽しみにしながら、クリスマスまでの毎日を指折り数えるのだ。

　さて、クリスマス当日は、お店もすべて閉店。街はひっそりと眠ったようになり、みな家で家族との時間を過ごす。この日までに田舎へと帰省する人たちもおり、1年に1度家族だけの時間を過ごす大切な日としている家族も多い。

　クリスマスの朝は恒例、サンタクロースから贈られたプレゼントを開けることにはじまり、昼は家族全員で食卓を囲み、大量のごちそうをいただく。昼から夜までかけておいしいごちそうを食べながら長く会えなかった家族がお互いの情報を交換しあい、笑い声の中で時間がゆっくりと流れていく。この日は朝から教会でミサが行われ、ふだんそれほど敬虔でないクリスチャンの人も、この日ばかりはと、みなが教会へつめかけていくのが微笑ましく、日本の初詣を髣髴とさせる。

　キリスト教が多く普及しているフランスでは、やはりクリスマスの挨拶は「Joyeux Noel （ジョワイエノエル／クリスマスおめでとう）」。宗教祭事として尊ばれ、季節の彩りとなるこの伝統はこの先にもずっと続いてもらいたい。

<font color=Green>《宮戸かおり（みやとかおり）／プロフィール》
翻訳・フリーライター、新潟県魚沼市出身<a href="http://www.kaorimyatt.com" target="_blank">www.kaorimyatt.com</a>翻訳はアディダス、アップルコンピューター、マイクロソフト、スターバックスなど、マーケティングや広告分野をひろくカバー。朝日新聞、ウェブコミュニティマガジン<a href="http://greenz.jp" target="_blank">greenz.jp</a>にも寄稿中。訳書には、『トロールと奇跡の指輪』（Normans社・刊／日本国内未発売）など。</font>


<div ALIGN=RIGHT><font color=Gray><span style="font-size:10px">地球はとっても丸い：第100号</span></font></div>
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	</content:encoded>
<link>http://chikyumaru.dreamblog.jp/blog/660.html</link>
<guid>http://chikyumaru.dreamblog.jp/blog/660.html</guid>
<pubDate>Wed, 06 Dec 2006 07:00:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>【クリスマス】</title>
<description>
〜クリスマス・プレゼントは“お世話になったあの方に〜”〜

文・西川桂子（バンクーバー・カナダ）

　12月になると日本では、お歳暮などの買い物で街が賑わうが、カナダでもショッピングモールなどはクリスマス･プレゼントを買う人で大変な人混みだ。日本のクリスマス･プレゼントというと、子どもか恋人に贈るイメージがあるのに対して、カナダではパートナー、親、兄弟、甥や姪をはじめとした親戚、職場の仲間、上司、スタッフ、親しい友人、果ては仕事の得意先などなど、実に様々な人へプレゼントを用意する。

　カナダに来て最初の年のこと。上司や同僚から「メリークリスマス」と、プレゼントをいただいて驚いた。私は何も用意していなかったので恐縮しつつ、大慌てで買い物に行ったのを覚えている。カナダでのクリスマス･プレゼントは、日頃「お世話になったあの方に〜」感謝を示すという、まさしくお歳暮のような意味合いもあると、そのときに知った。

　だから、子ども関係では、学校の担任の先生に加えて、スポーツのコーチやピアノなどのお稽古ごとの先生などにもプレゼントを用意することがある。誰もがコーチや先生に贈り物をするわけではないが、私は、「いつも子どもたちがお世話になっているし」と思うし、子どもたちも、友達がプレゼントを渡しているのを見るからだろう、準備したいと言う。

　我が家では、なぜか先生方には手作りジャムを差し上げるのが恒例。フリーザーに保存している夏の間に一家で摘んだラズベリーを出してきて、親子でジャムづくりに取り組む。

　毎年、クリスマスのショッピングは混むので、できるだけ早めに出かけるつもりが、いつもギリギリになってしまう。いよいよ12月に突入したことだし、今週こそ、買い物に行かなきゃ！


地球はとっても丸い：第100号
</description>
	<content:encoded>
		<![CDATA[<font color=Gray><div ALIGN=CENTER>〜クリスマス・プレゼントは“お世話になったあの方に〜”〜</div></font>

<div ALIGN=CENTER><font color=Green>文・西川桂子（バンクーバー・カナダ）</font></div>

　12月になると日本では、お歳暮などの買い物で街が賑わうが、カナダでもショッピングモールなどはクリスマス･プレゼントを買う人で大変な人混みだ。日本のクリスマス･プレゼントというと、子どもか恋人に贈るイメージがあるのに対して、カナダではパートナー、親、兄弟、甥や姪をはじめとした親戚、職場の仲間、上司、スタッフ、親しい友人、果ては仕事の得意先などなど、実に様々な人へプレゼントを用意する。

　カナダに来て最初の年のこと。上司や同僚から「メリークリスマス」と、プレゼントをいただいて驚いた。私は何も用意していなかったので恐縮しつつ、大慌てで買い物に行ったのを覚えている。カナダでのクリスマス･プレゼントは、日頃「お世話になったあの方に〜」感謝を示すという、まさしくお歳暮のような意味合いもあると、そのときに知った。

　だから、子ども関係では、学校の担任の先生に加えて、スポーツのコーチやピアノなどのお稽古ごとの先生などにもプレゼントを用意することがある。誰もがコーチや先生に贈り物をするわけではないが、私は、「いつも子どもたちがお世話になっているし」と思うし、子どもたちも、友達がプレゼントを渡しているのを見るからだろう、準備したいと言う。

　我が家では、なぜか先生方には手作りジャムを差し上げるのが恒例。フリーザーに保存している夏の間に一家で摘んだラズベリーを出してきて、親子でジャムづくりに取り組む。

　毎年、クリスマスのショッピングは混むので、できるだけ早めに出かけるつもりが、いつもギリギリになってしまう。いよいよ12月に突入したことだし、今週こそ、買い物に行かなきゃ！


<div ALIGN=RIGHT><font color=Gray><span style="font-size:10px">地球はとっても丸い：第100号</span></font></div>
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<link>http://chikyumaru.dreamblog.jp/blog/659.html</link>
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<pubDate>Wed, 06 Dec 2006 06:00:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>THE 名前 Dictionary Vol. 42：崇慈【すーじー】</title>
<description>
〜『THE 名前 Dictionary』は、いろんな国に住むパパやママが
子どもへ贈った素敵な日本語の名前を集めました！〜

構成・文 キャロル沙都子

崇慈【すーじー】

崇慈くんの英語名は、SUJIE（スージー）。“スー”とは、パパの出身であるラオスの少数民族モン族のことばで「平和を愛する、思慮深い」という意味を持つ。モン族は、ベトナム戦争当時、米国の戦略下で米国の味方として極秘任務に従事したが、敗北。その後、共産主義化の進むラオスでの行き場を失い、大半が米国へ難民として受け入れられた。崇慈くんのパパも、その一人なのである。戦争に翻弄され、渡米後も幾多の苦難を乗り越えてきたパパにとって、平和ということばに込められた思いは誰よりも強い。そして“慈”の文字には、日本人のママがいつも大切にしている、“慈悲”や“慈愛”の精神への敬意が込められている。「アメリカ合衆国という産業・消費大国に身を置く崇慈だが、この国を客観視しながら、何らかの形で平和な社会に貢献できる人になってほしい」とママは願う。崇慈くんを包み込む、平和と慈しみへのゆるぎない思いは、きっと彼を強く、思いやりある人間に育ててくれることだろう。



地球はとっても丸い：第100号
</description>
	<content:encoded>
		<![CDATA[<span style="font-size:12px"><font color=Gray><div ALIGN=CENTER>〜『THE 名前 Dictionary』は、いろんな国に住むパパやママが
子どもへ贈った素敵な日本語の名前を集めました！〜</div></font></span>

<div ALIGN=CENTER><font color=Green>構成・文 キャロル沙都子</font></div>

崇慈【すーじー】

崇慈くんの英語名は、SUJIE（スージー）。“スー”とは、パパの出身であるラオスの少数民族モン族のことばで「平和を愛する、思慮深い」という意味を持つ。モン族は、ベトナム戦争当時、米国の戦略下で米国の味方として極秘任務に従事したが、敗北。その後、共産主義化の進むラオスでの行き場を失い、大半が米国へ難民として受け入れられた。崇慈くんのパパも、その一人なのである。戦争に翻弄され、渡米後も幾多の苦難を乗り越えてきたパパにとって、平和ということばに込められた思いは誰よりも強い。そして“慈”の文字には、日本人のママがいつも大切にしている、“慈悲”や“慈愛”の精神への敬意が込められている。「アメリカ合衆国という産業・消費大国に身を置く崇慈だが、この国を客観視しながら、何らかの形で平和な社会に貢献できる人になってほしい」とママは願う。崇慈くんを包み込む、平和と慈しみへのゆるぎない思いは、きっと彼を強く、思いやりある人間に育ててくれることだろう。



<font color=Gray><div ALIGN=RIGHT><span style="font-size:10px">地球はとっても丸い：第100号</span></div></font>
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<link>http://chikyumaru.dreamblog.jp/blog/658.html</link>
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<pubDate>Wed, 06 Dec 2006 05:00:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>神様も仏様もなんでもありのおめでたい国</title>
<description>
年末特別企画『地球丸的・ゆく年、くる年』
師走がやってきましたね！ 『地球はとっても丸い』でも、
各地で年がゆき、新しい年がやってきます。

文・長晃枝（東京・日本）

　12月の声を聞くと、街はきらびやかに輝きだす。どこもかしこも、クリスマスに向けてのイルミネーションでいっぱいになるからだ。"Merry Christmas（メリークリスマス）"という表現はキリスト教信者向けだから、ほかの宗教を信じる人々に配慮して、
"Season's Greetings（季節のご挨拶）"という表現を使おうなどという国があるというのに、キリスト教信者がいったいどれくらいいるだろう？ と思われる日本でこれほどにクリスマスが賑わうのも、よく考えればおかしな話だ。しかし、まぁ、宗教観になんの節操もない日本らしいといえばそうなのかもしれない。

　そして、さらにそれが端的に現れるのが12月25日の夜。ホテルやデパートのディスプレイは一夜にしてお正月向けに様変わり。昨日までクリスマスケーキを売る呼び声が響いていた駅前には、紅白の幕も鮮やかな正月飾りを売る店が出現。心なしか足早に歩く人々が、次々と注連縄（しめなわ）などを買い求める。そして、年が明ければ「あけましておめでとうございます」と声を掛け合いながら、神社に初詣に、さらに、お寺に墓参りに出かけるのだ。

　アジアの国にしては珍しく、伝統的な年中行事をも新暦のカレンダーどおりに行う日本の年末年始は、ホントに忙しい。

地球はとっても丸い：第100号

</description>
	<content:encoded>
		<![CDATA[<div ALIGN=CENTER><font color=Gray>年末特別企画『地球丸的・ゆく年、くる年』
師走がやってきましたね！ 『地球はとっても丸い』でも、
各地で年がゆき、新しい年がやってきます。</font></div>

<div ALIGN=CENTER><font color=Green>文・長晃枝（東京・日本）</font></div>

　12月の声を聞くと、街はきらびやかに輝きだす。どこもかしこも、クリスマスに向けてのイルミネーションでいっぱいになるからだ。"Merry Christmas（メリークリスマス）"という表現はキリスト教信者向けだから、ほかの宗教を信じる人々に配慮して、
"Season's Greetings（季節のご挨拶）"という表現を使おうなどという国があるというのに、キリスト教信者がいったいどれくらいいるだろう？ と思われる日本でこれほどにクリスマスが賑わうのも、よく考えればおかしな話だ。しかし、まぁ、宗教観になんの節操もない日本らしいといえばそうなのかもしれない。

　そして、さらにそれが端的に現れるのが12月25日の夜。ホテルやデパートのディスプレイは一夜にしてお正月向けに様変わり。昨日までクリスマスケーキを売る呼び声が響いていた駅前には、紅白の幕も鮮やかな正月飾りを売る店が出現。心なしか足早に歩く人々が、次々と注連縄（しめなわ）などを買い求める。そして、年が明ければ「あけましておめでとうございます」と声を掛け合いながら、神社に初詣に、さらに、お寺に墓参りに出かけるのだ。

　アジアの国にしては珍しく、伝統的な年中行事をも新暦のカレンダーどおりに行う日本の年末年始は、ホントに忙しい。

<div ALIGN=RIGHT><font color=Gray><span style="font-size:10px">地球はとっても丸い：第100号</span></font></div>

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<link>http://chikyumaru.dreamblog.jp/blog/656.html</link>
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<pubDate>Wed, 06 Dec 2006 03:00:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>キッチンからメリークリスマス</title>
<description>
年末特別企画『地球丸的・ゆく年、くる年』
　　　　　師走がやってきましたね！ 『地球はとっても丸い』でも、
　　　　　　　各地で年がゆき、新しい年がやってきます。


文・茶多（バレンシア・スペイン）

　聖書の中でも、イエスの誕生前夜から1月6日の深夜に、東方から三人の王が彼に貢物を持って訪れるまでの一連の逸話は、一番ドラマチックな場面です。カトリック教国として知られるスペインでは、この期間を総体してクリスマスと呼んでいます。

　各家庭では、その逸話を象ったべレンというミニチュア人形やツリーを飾り、家族と共にゆったりと時を過ごすのがスペインでのクリスマスの過ごし方です。

　我が家はというと、この時期になると何かしたくてたまらず、バレンシアの温暖な気候には育ちにくい、と言われた本物のもみの木がどうしても欲しくて、庭先に植えたのが2年前。が、やっぱり枯れてしまい、泣く泣くイミテーションのもみの木を購入したのが去年の話。さて、さて、今年は……。

「お菓子を作ろうよ。最後の日に学校に持って行きたいの」

　私似で、お菓子作りが好きな娘が発案。いいよ、いいよ。なんにする？ ねぇ、サツマイモのペーストをいっぱい入れたパステリートにしない？ バレンシア名物の小さなクリスマス菓子。たくさん作って、みんなにあげようよ。

　クリスマス・ソング大合唱の中、用意した生地をトレーに並べてオーブンへ。ほら、ほら、オーブンから美味しそうな匂いがしてきた。



&amp;iexcl; Feliz Navidad y Prospero A&amp;ntilde;o Nuevo !
（フェリス　ナビダ　イ　プロスペロ　アニョ　ヌエボ）　

　皆さまに、この甘い香りが届きますように。素敵なクリスマスをお過ごしください。


地球はとっても丸い：第100号

</description>
	<content:encoded>
		<![CDATA[<div ALIGN=CENTER><font color=Gray>年末特別企画『地球丸的・ゆく年、くる年』
　　　　　師走がやってきましたね！ 『地球はとっても丸い』でも、
　　　　　　　各地で年がゆき、新しい年がやってきます。
</font></div>

<div ALIGN=CENTER><font color=Green>文・茶多（バレンシア・スペイン）</font></div>

　聖書の中でも、イエスの誕生前夜から1月6日の深夜に、東方から三人の王が彼に貢物を持って訪れるまでの一連の逸話は、一番ドラマチックな場面です。カトリック教国として知られるスペインでは、この期間を総体してクリスマスと呼んでいます。

　各家庭では、その逸話を象ったべレンというミニチュア人形やツリーを飾り、家族と共にゆったりと時を過ごすのがスペインでのクリスマスの過ごし方です。

　我が家はというと、この時期になると何かしたくてたまらず、バレンシアの温暖な気候には育ちにくい、と言われた本物のもみの木がどうしても欲しくて、庭先に植えたのが2年前。が、やっぱり枯れてしまい、泣く泣くイミテーションのもみの木を購入したのが去年の話。さて、さて、今年は……。

「お菓子を作ろうよ。最後の日に学校に持って行きたいの」

　私似で、お菓子作りが好きな娘が発案。いいよ、いいよ。なんにする？ ねぇ、サツマイモのペーストをいっぱい入れたパステリートにしない？ バレンシア名物の小さなクリスマス菓子。たくさん作って、みんなにあげようよ。

　クリスマス・ソング大合唱の中、用意した生地をトレーに並べてオーブンへ。ほら、ほら、オーブンから美味しそうな匂いがしてきた。

<div ALIGN=CENTER><a href="http://chikyumaru.dreamblog.jp/image/free/pastelitos2.JPG" target="_blank"><img src="http://chikyumaru.dreamblog.jp/image/free/pastelitos2.JPG"border="0" alt="pastelitos2.JPG"></a></div>

&iexcl; Feliz Navidad y Prospero A&ntilde;o Nuevo !
（フェリス　ナビダ　イ　プロスペロ　アニョ　ヌエボ）　

　皆さまに、この甘い香りが届きますように。素敵なクリスマスをお過ごしください。


<div ALIGN=RIGHT><font color=Gray><span style="font-size:10px">地球はとっても丸い：第100号</span></font></div>

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	</content:encoded>
<link>http://chikyumaru.dreamblog.jp/blog/655.html</link>
<guid>http://chikyumaru.dreamblog.jp/blog/655.html</guid>
<pubDate>Wed, 06 Dec 2006 02:00:00 +0900</pubDate>
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